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上映作品
特別2至極の美術工芸
12月16日(木)12:10〜上映
千葉県千倉町においてうちわの制作過程を記録した映像を、兄が弟に見せる劇中劇に仕立てあげた伝説の民俗誌映画
『うちはの出来るまで』。沖縄県瀬底島で、唯一の作り手となった大城善雄の笠づくりと生活を記録した『むんじゅる笠』。美術工芸の名人芸に迫るだけでなく、真摯に向きあう職人の姿をイメージに焼きつけた至極の2編。
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作品1
うちはの出来るまで 上映時間12分
うちわの制作過程を記録した映画を、兄が弟に見せるという劇中劇のような構成にしている。うちわ作りの行程は、千葉県千倉町のうちわ屋で撮影された。職人の全体の動きと、手元のアップをバランスよく撮影し、制作の過程を分かりやすく表現している。宮本馨太郎がカメラを手にして2年後の昭和5年、民俗誌映画の制作に没頭し始めた頃の作品。映画の中で映画を見せるという斬新な構成は、他の馨太郎作品では見られない。1930年/12分
監督のことば
宮本馨太郎は1937年(昭和12)、「パテーシネ協会」関東支部主催の映画作品協議会で「郷土映画」部門を設定。地方の自然、生活、文化、民俗、風土、行事などに関わる映画作品を全国から募集、コンテストを開いた。発展させようとしたその試みも、その後の日中戦争、太平洋戦争によって中断された。監督プロフィール
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宮本馨太郎
1911−79年 旧制中学時代の1928年(昭和3)の16歳の時、仏製の9.5ミリカメラ、パテーベビーを購入して撮影を開始。初めての民俗記録映画「海女」を房州平館で撮る。立教大学在学中は映画同好会をつくり活動。17歳で父勢助に連れられアチック・ミューゼアムで渋沢敬三に会う。その後、渋沢の旅の多くに同道し、数多くの民俗誌映像を残した。『花祭をたづねて』(1930)、『八丈島の記録、島の生活』(1931)、『越後竹沢村角突』(1935)、『珍しい深田の田植え』(1936)、『パイワン族の再訪記録』(1937)ほか多数。