クルドの歌声、インドの生地

クルド語が禁じられてきたトルコにおいて母語のクルド語で歌い続けた語り部・歌い手。今日本でも紡がれるクルド人の新たな物語を追う『地図になき、故郷からの声』。かつてインド独立運動の象徴ともなった手紡ぎ・手織り布カディ、その意義とともに共同体を生きる一人一人の個性を映し出す『アイ・ウォーク』。土地の歴史と現在を問う2作。

アイヌとしてのアイデンティティ

アイヌというルーツと向き合う女性の思いや、作り手との交流を描いた2本。『ポネオハウ』は、アイヌ料理店を切り盛りする女性の暮らしに寄り添い、何気ない所で受けてきたこれまでの差別への葛藤を聞く。『カムイ レンカイネ』は、阿寒湖畔で観光用の舞踊を踊る踊り子との意識の溝を、監督が身体表現を使って埋めることを試みる。

アート/ドキュメンタリー

瀬戸内の火の祭から想起する人間の原始、山道を歩く老人の背中を追うワンショットのカメラ、パンデミックで航路を失った人々を導く羅針盤。異国で30歳を前に揺らぐアイデンティティ、激動の2020年に自己を見つめる私と家族の唄、朽ちた場所から匂う往時の気配。日本のみならずアジア各国から届いた、独自の作風が際立つ作品の数々。

それぞれの居場所

中国の街で深夜の牛乳配達に励む男の誇りと呟き。「タイタニック号」の模型ばかりを作り続けるマニアの鮮やかな手さばき。周囲の人々に支えられ、ボクシングやダンスに挑戦するダウン症青年の奮闘。地方都市で守り続けた書店を畳む老店主の書や街への思い...それぞれの居場所から聞こえてくる、人間の息づかいを記録した4本。

かぞくのかたち

旧残留日本兵だった父と、ベトナム系タイ人の母との間に「トオイ」としてタイで生まれ、やがて日本で写真家となった瀬戸正人がかつての記憶を探る『トオイと正人』。実の両親へカメラを意識させながら撮影することで見えてくる、ささやかな日常の愛おしさを反芻する『あなたたち』。家族の数だけ、多様な表現のかたちがある。

戦時下の異邦人

戦前、墜落死という最期を迎えた朝鮮人女性民間パイロットの生を韓国人女子大学生が辿った『日本で夢見た女性パイロット』。「特攻の地・知覧」の片隅に建つ、かつての敵国兵士を悼む慰霊碑を巡る物語を追う『秘話』。『夜は隠す/Missing』は戦中期の蜂起事件や今日の労働者を闇という視点から連ねて描いたシネ・エッセイだ。

身体パフォーマンス

大駱駝艦で活躍する奇才と映像作家による幻想譚『春の祭典』。知床で新たな音を探し求める音楽家を追う『UTURU』。歴史的な街リムリックでの詩的で視覚的なポートレート『ウィークリエイト・スペーシズ―リムリック』。音楽と身体の関係を考察する『4』。映像表現と身体表現の邂逅が生み出す表現の可能性がここにある。

コロナ禍を生きる

2020年に発令された緊急事態宣言中の東京にカメラを向け、〈夜の街〉や生活困窮者たちの叫びを記録した『東京リトルネロ』。同時期、活動休止を余儀なくされた宇都宮の小劇場とアーティストたちの姿から、いま表現することの意味を問いかける『コロナとアーティスト』。コロナ禍で生き方を模索する人々を追った2本。

いのちと医療従事者

いのちが限られた中、どのように大切な人との関係を結ぶか。
『親のとなりが自分の居場所』は高齢の終末医療患者と、仕事を持たずに家にこもり続ける息子の関係の変化を描き、『小さないのちと家族の時間』は長くは生きられない難病を抱えた新生児の両親が、在宅医療を選択する過程を描く。彼らが生活の中で見つけたかけがえのないものとは。

異文化で暮らす

東京の朝鮮学校の学芸会に密着し、アイデンティティの問題に迫る『日本の中の小さな異国』。旧ユーゴ出身の不法移民が入管局による収容を経て、人々の助けを受ける『彷徨』。岐阜県の工場で派遣切りにあったブラジル人一家に、次々と試練が襲いかかる『ブラジル ノ ニッポン』。日本という異文化を生きる人達を撮った3本。